弊社 武田の体験談

皆様、こんにちは。 Ko−wa’s Reformの統括 武田幸光です。
ここでは、平成17年4月に他界した、私の母にICASが与えてくれた
効果をお伝えしたいと思います。

母が、病院に運ばれたのは平成17年2月21日(月)午後7:30の事です。
胸と背中に激しい痛みを訴え、緊急手術を受けました。

病名は『解離性大動脈瘤』・・・心臓から出て行く大動脈の内側が裂けて亀裂が
入るという恐ろしい病気です。

手術は、約12時間におよぶ大手術でした。

手術の前に執刀医から、手術の方法と後遺症についての説明がありました。
まず、手術の成功率が統計上80%という非常に危険な手術である事。しかし早急に
手術をしなければ命にかかわるということ。
血管の置換手術を行うが手足脳へ分岐する手前までの置換手術しか出来ない
ため、それより先の血管の亀裂の出血が上手く止まるかどうか解らないということ、
そして、輸血をするために脳への血流を一旦止めるため、後に脳への後遺症が起こる
可能性があること、血栓が出来やすくなること、元から疾患のある腎臓が術後に機能
しなくなる可能性がある事などでした。

手術は成功しましたが、やはり後遺症が出ていました。
麻酔が切れても、意識が完全には回復せず、私たちの声に時折反応する程度。
このため人工呼吸器が常時必要でした。
さらには、腎臓の機能がほとんど停止の状態で、尿が一日に数mlしか出せず
24時間、透析が続けられました。

意識の回復に必要な事は、腎臓機能の復活によるむくみの解消と老廃物の排出でした。
それが出来れば、呼吸も自分の力で行え回復へ向かう希望があるとの事でした。

医師に出来る事は、透析と人口呼吸とウィルスの感染防止。
後は本人の気力と元気と生きる力だけでした。

見舞いに行く自分の無力さに、悔しさを感じながら、それでもICUの病室へ毎日通いました。

ある日、担当医は言いました。
このままICUには、ずっとは居られないので、一般病棟へ移動になると。

この時、私はある事を思いついた。
ヘルスコートのメーカー、アーテック工房の体感ルームで体感した、ヘルスコート(ICAS)の
血液に与えた効果が、少しでも母の生きる力に役立てばと。

しかし、病室に勝手にヘルスコートを塗る事は出来ない。そこで思いついたのが
パワーシートを掛けてあげるという事でした。
あいにく在庫が無かったので、早速、アーテック工房に問合せ、取りに行きました。

慌てて取りに来た私の様子を察した営業の方が、『どうかしたのですか?』と聞いてくれました。
事情を説明すると、その営業の方が、奥に居たアーテック工房の吉松社長に説明してくれました。
話を聞いた吉松社長は、すぐに私のところに来てくださり、病室で出来るICASのミニシステム
を考えてくれました。そして、そのミニICASに必要なアンテナや配線も譲っていただきました。

このとき、私は本当に感動いたしました。皆が心配している気持ちが母の力に絶対になると。

3月14日(月)一般病室の個室へ移動。人口呼吸器と透析の機械がつけられたまま。

私は、担当医にICASの説明をし、どうしても取り付けさせてほしいとお願いし許可をいただきました。

ミニICASの製作を開始し、3月18日に取り付けました。

この頃の母は、意識のはっきりしている時間が短く、話し掛けた内容を理解しているのか
解りませんでしたが、うなずいたりと反応はしていました。

ミニICASを取り付けて、3日後。
見舞いに行った私は、本当に驚来ました。
少しではありますが、尿の量が増えていたのです。
その翌日も、また翌日も、その量を維持していました。

母は、絶対に回復する!

そう信じました。

ICASの生み出す、イオンバランスの改善が、クスリや腎臓機能の停止による老廃物の影響で
酸化した体を弱アルカリ質に還元し、母の生きる力、自然治癒力を高めてくれたものと思います。

そして、意識のはっきりしている時間も増えた様に感じました。
以前、旅行でいった『大内宿』の写真や孫、ペットの写真をベッドの横に貼り
また、行こうな!と声を掛けると、うなづいたりしてくれました。

しかし、母の容態は急変し、以前より心配されていた長期にわたる人工呼吸器の使用で
肺に負担がかかり、肺からの出血により呼吸停止となり、残念ながら母は帰らぬ人と
なりましたが、最後に意識のはっきりした時間を作ってくれた、このヘルスコートの
ICASの効果に感謝しております。

また、皆様に自身を持って、おすすめできる商品である事を確信した出来事でした


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